神山繁の死因は?再婚し京都在住!いかりや長介さんとの秘話とは?

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名俳優の神山繁さんが1月3日に亡くなったことがわかりました。
肺炎が去年1月に見つかり、療養中だったとのこと。
87歳でした。
英語も堪能で、「ブラックレイン」に出演しています。
「アウトレイジ」や「踊る大捜査線」などの数々の名作に出演されていました。
「踊る大捜査線」では、いかりや長介さんと親友の役柄でした。

神山繁さんの生涯についてお伝えしてきます。

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神山繁が肺炎で死去!病気だった?

神山繁さんは、昨年1月に肺炎が見つかり、療養中でした。
今日1月16日が誕生日で、米寿を迎えるはずでした。
本人の希望により、「葬式無用、戒名不要」ということで、近親者のみの葬儀になりました。
神山さんは生前「たまに思い出してくれればいい。亡くなったら、ただのカルシウムだよ」と話していたようです。

復帰を目標にしていたとのこと。
残念な結果になってしました。

肺炎だったとのことですが、元々何かの病気だったということは情報はありません。
年齢も年齢ですから、体が弱ってきていて肺炎にかかってしまったのでしょう。

神山繁は再婚し京都在住

神山繁さんは長年連れ添った妻・文野朋子と死別しています。

神山繁さんとは、おしどり夫婦であったことは知られており、妻と死別後は、京都で暮らしていたとか。

妻と死別後、平成4年に一般女性と再婚しています。
10月2日に入籍。
この歳での再婚同志であったこと、神山繫さんは63歳、再婚相手は58歳でした。

仕事でいらしていた神山繫さんと、遊びでいらしていた再婚相手の方は知り合って、交際スタートしたようです。

いかりや長介さんとは、踊る大捜査線のドラマ内で親友の役柄でしたが、本当に仲がよかったようです。
いかりや長介さんがガンで入院する前には、発表前に連絡を受けていたとか。
共演も多かったようで、妙に馬が合い、二人が勝手なことをしゃべって友情が芽生えたようです。
飲食をともにし、神山繁さんが住んでいた京都にもよく訪ねてきていたようです。

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神山繁は英語でしゃべらナイトに出演は最高齢

神山繁さんは、英語も堪能だったようで、25007年にNHK「英語でしゃべらナイト」に出演したことがありました。
最高齢での出演で話題になりました。

神山繁さんが通っていた海軍経理学校では、英語禁止だったのですが、海外で通用するエリート教育がなされていたようです。
現在の築地にあり、イギリス英語を学びます。
日本海軍は、イギリス海軍の影響を受けており、教育も英国紳士の気質のようだっとのこと。

英語を話せるほうがカッコいいし、敵を知るにはということだったようです。
終戦後は、仕事もなかったようで、進駐軍の通訳をやっていました。

1952年に文学座に演出部研究生として入座しました。
そこから神山繫さんの俳優人生が始まります。

英語は海軍時代に培われ、巧みな英語を買われて、「ブラックレイン」に出演していました。

映画や時代劇、テレビドラマなど、幅広く活躍されていて、また名俳優がいってしまったことが残念でなりません。

最後に出演したのは北野武監督の2012年「アウトレイジ ビヨンド」。
ドラマはNHK連続テレビ小説「マッサン」に和尚役で出演したのが最後となりました。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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