平岡都の犯人は矢野富栄か?島根女子大学生事件!交通事故死で母親と一緒に亡くなっていた!

2009年に起きた島根女子大学生遺棄事件。
女子大生だった平岡都さん(当時19歳)が被害者です。

犯人が見つからず、未可決事件としてされてきましたが、2016年12月17日に急転換を迎えました。

交通事故死で亡くなっていた30代の男性矢野富栄さん(33)が容疑者と書類送検されたとこと。

交通事故は母親も一緒だったそうです。

事件の詳細を見ていきますね。

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島根女子大生遺棄事件の詳細

2009年11月6日、広島県の山の中で平岡都さんの頭部が遺体の一部として見つかった事件。

島根県浜田市の女子大生で平岡都さんは2009年10月26日から、行方不明になっていました。

捜索の結果、11月7日には左大腿骨の一部、11月8日には両手足がない胴体、11月9日に左足首、11月19日に爪が発見されました。
左頬は、足で踏みつけらた跡があったようです。

平岡都さんはアルバイトを終えてから行方不明になっていて、死亡推定時期は、行方不明になった日から10月31日の間とみられていました。
ゆめタウン?のスーパー?にアルバイトでから帰る途中で襲われたことが高く、帰り道の途中の側溝、彼女のものと思われる靴が発見されていました。

エグイ話ですが、内臓が取り出されていたという情報もあり、残忍な犯行だったため動物に食いちぎられたとの意見がでたほど。
犯人のプロファイリングでは、異常性と残虐性、損壊や遺棄の執拗さが指摘されていました。

島根女子大生遺棄事件の犯人は事故死していた

2016年12月17日、急展開を迎えました。

警察は、平岡都さんの遺体が見つかった後11月8日、山口県美祢市の中国自動車道下り線で車が炎上した事故で死亡した矢野富栄さん(33)と断定。
当時から矢野富栄さんが事件に関わった疑いがると見ていました。
関係先を捜索したところ、デジタルカメラに行方不明がわからなくなった後の平岡都さんの画像データが残されていたのです。

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矢野富栄さんは、山口県下関市神田町の会社員で、母親の貴美子さん(58)と交通事故にあったようです。
2人は焼死とみられ、車がガードレールに3か所衝突していたようです。
ブレーキ痕やスリップ痕はなく、無理心中ではないかと2chの見解です。

矢野富栄さんは周囲に「ヤバいことをしてしまった、、、」と語っていたようです。

平岡都と犯人矢野富栄の関係

犯人が矢野富栄さんと断定され、書類送検されるそうです。

筆者が思うに、今頃なぜ?

という疑問が生じます。

7年前にデジタルカメラを押収していたはず。
関係先を捜索していたとのことですから、犯人の目星はあったようですが、だったらなぜ7年前に逮捕しなかったのでしょうか。

平岡都さんの両親は、ビラを配り事件解決への糸口を探していたのです。

また、平岡都さんと矢野富栄さんはどういった関係だったのか?
これも明らかにされていません。

30代男性と女子大生の接点は、合コンや同じ大学の先輩だったのでしょうか。

当時は、防犯カメラに平岡都さんと一緒に歩いている男性2人の姿が映っていたそうです。
タクシーの運転手も見ていたという情報がありましたが、別人だったと話を変えてきたといいます。

付き合っていたという情報もなく、今後の報道から追記していきたいと思います。

追記 2016.12.19
矢野富栄さんが勤務していたのは、建築関係の会社で営業職。
経験が浅いにも関わらず、入社して6件の受注をとってきたこともあったようです。
勤務態度はまじめで、トラブルもなかったようです。

平岡都さんとの接点は、平岡都さんが住んでいた浜田市の隣町に住んでて、営業では浜田市を担当していたとのこと。

平岡都さんが行方不明になる前後に、矢野富栄さんの車が浜田市内を走っていたという情報もあります。

矢野富栄さんが犯人と決定づけたのは、デジカメの画像データに平岡都さんの亡くなった後のの姿が残っていたから。

同級生も、一様に目立つタイプではなかったとし、こんな事件をおこすなんてと口をそろえて言っています。

矢野富栄さんの実家は、代々精米店を営んでいたようですが、矢野富栄さんの弟が美容室で営業していました。

しかし、取材班がいくと、ドアの前に張り紙が。
「突然のお知らせですが、当分お休みします」と。

兄が犯人だと察し、取材がくることを恐れて、どこに行ってしまったようです。

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