松本智津夫 四女とは?名前が本名ではなく三女と不仲説浮上!弁護士ブログで心境告白

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松本智津夫の死刑が施行され、遺骨引き取りが問題二なっています。松本智津夫は、生前4女に遺骨を引き取ってほしい旨の遺言をしており、3女とは食い違った意見があります。

4女は、現在の宗教団体アレフとは関係ない人物とされています。

松本智津夫の4女についてお伝えしてきます。

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松本智津夫の子供は?

松本智津夫には、妻が4人いて子供は15人いたとされています。

東京で知り合った松本知子と結婚し、松本智津夫との間に6人の子供がいます。

長女・・・1978年生まれ

次女・・・1981年生まれ、松本宇未(仮名)

三女・・・1983年生まれ、松本麗華さん(本名)

松本智津夫の娘の現在は?遺骨を引き取り子供や家族は?生い立ちが壮絶だった

四女・・・1989年うまれ、松本聡香さん、この名前は本名かどうかはわかりません。

長男・・・1992年生まれ、四女と同じく学校に通えなかったが、後から受け入れられ、通い友人もできた。現在は、次女と三女と暮らしています。

次男・・・1994年生まれ、現在は母親と一緒

 

他にも、

石井久子さんが、1993年に双子の子供、1995年に出産し3人います。

松本智津夫の子供は、15人いると四女の著書で書かれています。

 

松本智津夫の名前や顔画像は?

さて、その松本智津夫の四女ですが、どんな人物なのでしょうか?

名前:松本聡香

生年月日:1989年4月

出身地:山梨県

 

松本智津夫四女松本聡香さんは、自身の著書「私はなぜ麻原彰晃の娘に生れてしまったのか」を出されていますが、本名ではありません。

顔画像は、ほとんどなく、後ろ姿だけありました。

(https://twitter.com/)

 

2017年11月21日、松本聡香さんは両親を推定相続人から廃除する申し立てを滝本太郎氏という弁護士の元、裁判を行いそれが認められたので会見を行いました。四女は、父母と縁を断ち切りたかったと話しています。

この裁判では、父母が著しい非行を行ったと認めたこと、四女は松本智津夫から虐待を受けていたこと、実の母から教団に信仰するように続けさせられたりと認められたことでした。

四女の松本聡香さんは、会見で

「06年に家族から離れ、信仰とは決別して生きてきた。父母に生んでもらった恩はあるが、育ててもらった恩はない。(死刑は)当然執行されるべきだと思っている」

と語っています。

松本智津夫の四女松本聡香さんの著書でもこのように語っています。

・竹刀を手に子どもに凄む父の姿こそが恐怖でした。

・父から他の理由で暴力を振るわれることはよくありました。しかもたまたま虫の居所が悪かっただけというような、いわれのないものが多かったのです。またときには自分に逆らう者は生かしておかないというような殺気すら感じました。

・私にとっては昔、一緒に暮らしていたころの懐かしい父が思い出されました。

・(麻原は詐病だという理由)笑い声に乗じて父が言ったのです。「さとか……」それは私にだけ聞こえるくらいの小さくて懐かしい父の声でした。父は右手で自分の口を覆い隠すようにして、笑い声でごまかすように私の名前を呼んだのです。看守は気づかなかったようですが、私には聞きとれました。いえ、おそらく口の動きが見えていなければ私も聞き逃してしまったかもしれません。もしかしたら、父は私の話をちゃんと聞いて理解しているのだろうか。ふと、そんな気がしました。

 

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松本智津夫の四女とは?

松本智津夫の四女松本聡香さんは、地下鉄サリン事件が起きたのが5歳のときです。

父親の松本智津夫から「今日はいいことが起きているんだよ」と言われた幼少期の記憶は未だにのこっているようです。

松本智津夫が逮捕された1995年は7歳でした。

生れたときから、教団の高い地位に置かれていて2.3歳のころには、窓のない部屋に閉じ込められ、ほぼ監禁状態で過ごしたこともあります。

ヘッドギアと呼ばれるものを装着させられたり、食事もままならないことが多々あったり、虐待も父親からありました。

弟が産まれると、母から居場所はないと言われ追い出されて教団から離れていました。

事件後、茨城県竜ケ崎市に転居したときには、転入拒否をされ弟も一緒に学校へ通えなかったとか。その理由は、戸籍を作ってくれなかったことからでした。

協力してくれた方がいて、学校に通えても、松本智津夫の子供、娘だということは消えず、

「「父親の所行を考慮すれば貴方は死んでも仕方のない人間だ」と言われました。

それからは、教団とは繋がりがなく中学校にも通っているし、普通の生活を送っていますが、2006年に松本智津夫とは縁を切りたいと思い、ジャーナリストの江川紹子さんに未成年後見人になってもらい生活費や住居を提供するなどの支援していました。

江川紹子さんからは、アルバイトより学業を優先するように言われ、医学部を目指すようになり、教団信者とは接触しないことや教団の活動をしないことを指導されていましたが、

四女松本聡香さんが松本智津夫を「グル」と崇める気持ちや宗教的な関心が深まっていたことを辞任し、江川紹子さんのもとを離れています。

その後、上祐史浩氏に出会い、新しい教団を立ち上げようと誘われています。教団と繋がりたくないという想いで江川紹子さんに連絡を取ったけれど、教団の想いは強かったのでしょうか。

上祐史浩氏とわかれ、教団とも絶縁したあとには、自殺未遂をおこしたり、ネットカフェ難民となり、苦しい生活だったこと伺えます。

 

松本智津夫四女松本聡香の現在は三女と不仲説浮上?

松本智津夫の四女松本聡香さんは、著書を出し、三女と意見と食い違っています。

2015年3月のフジテレビの取材には、

「姉は被害者に対して謝罪していない」
「本の内容はでたらめで私の知っている真実とは異なる」

と反発しています。

松本智津夫の遺骨の引き渡しを松本智津夫は死刑執行前の7分前に遺言として残しています。

東京拘置所の職員に遺体や遺品の引き受け手について聞かれた松本智津夫。「ちょっと待って」と言ったあに「四女」と答えています。東京拘置所の職員が四女の名前を出して確認したところ、うなずいたようです。

四女は松本智津夫の遺体と対面し、同行した滝本太郎弁護士のブログにコメントを掲載しています。

 松本元死刑囚の最後の言葉の件につきましては、指名を受けた私自身が大変驚きました。しかし、それは実父の最後のメッセージなのではないかと受け入れることにします。

信者さんらへ | 『生きている不思議 死んでいく不思議』-某弁護士日記

 

3女が捏造といっていることに対しても、捏造ではないと言っています。

松本智津夫から愛されたことはない年ながらも、信頼してくれていたと思うと綴り、最後に松本智津夫と接見したようです。

四女松本聡香さんは、松本智津夫の遺骨を散骨するといっています。

 

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